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…でね?多分見間違えだと思うんだけど、、
そのドキュメントのひとつのエピソードとして、講演を聞いたある女子高生の話が出ていたんですよ。彼女は個人的に渡部さんの家に手紙を送ったんですけど…。
その手紙の全体がパッとテレビに映し出された時に、最初の方に私の母校の名前が見えた…ようなぁー…。うーん、気のせいだったかなぁ…?^^;


彼女は、一日15時間という猛勉強を経て、都内の難関名門私立中学に見事合格した。だが、中3や高校に上がる辺りから次第に勉強についていけなくなり、高2の頃にはほとんど学校に行っていなかった。
彼女は言う。
「周りが頭のいい子達ばかりで、自分はここにいちゃいけないんじゃないかって思った。いなくてもいいじゃん、って思うようになった。」

―――そして彼女は自殺を考えた、のか。。



私にも似たような経験がある。
高校に入って勉強についていけなくなった。
その頃になると、受験塾に行ったりする子も増えて、頭角を現す子達が出てきた。中学のうちはわりと似たり寄ったりだと思っていたのに、差が生まれ、イメージが生まれた。“デキル子”っていう存在が確かなものになってきていたのだ。

…そうすると私の悪い癖が出る。
簡単に言えば、「この人達は違う人種だ」っていう思考が働くのだ。

結局それは高3にまで継続されて…。
友達とふつうに雑談していた途中に、何かのキッカケで塾の話とか勉強の話になると途端に黙る私がいた。受験期が近付くにつれて、よりリアルに将来のことを語り出す友達の話を、…ぶっちゃけ私はほとんど聞いてなかったんだ。
聞かなかったし、聞けなかったし、別に聞きたくもなかった。…というのが本音。


学校に来たくないと思う時期があった。
自分の居場所はここじゃないなぁ、って思う時があった。別の場所が欲しいと思った。

…でも死にたいと思ったことはない。自殺を願ったことはない。
“死”というものは、私にとってはまだ…意識してはいけない領域になっている。私ごときがそれについて考えるのには、まだまだ重く深いテーマだと思っているから。

だから、死を願う人の気持ちは理解出来ないけれど…。

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余命一年半と宣告された人間は
“何”を想うのか―――


・ ・ ・ ・ ・

江戸川区の婦人服プレス加工業の工場を営む、渡部成俊さん。現62歳。
幼い頃に父親が他界してしまい、その後の家計を助けるために中学卒業まで一日も休まずに新聞配達のバイト。1円たりとも自分で使うことなく全額家に入れていたという。
いつかは自分のために働きたい... そう胸に秘めて出た社会は厳しく、会社でも苦労の連続。26歳の時に長年の苦労が実を結んで会社を設立。だが、同時に莫大な借金も抱えて…毎月60~70万の返済に宛がわないといけないという日々。それでも、奥さんと3人の息子と共に身を粉にして働いて、働いて、働いて、、55歳にして借金をようやく返済。「これからやっと家族に楽をさせてあげられる」、そう思った矢先の2002年10月、すい臓癌と診断されて摘出手術を受けた。渡部さんはこれを無事回復して、さぁこれからだ!
…というように、次なる人生を踏み出すはずに思えたが。。

05年5月に肺への転移が発覚。
この時60歳の渡部さんは、医師に「余命はあともって一年半」だと宣告された。

頭が真っ白になった。妻と二人、朝まで声と涙が枯れるまで泣いた。
今までの俺の人生は一体何だったんだろう。。
希望も未来もない一年半を、どうやって生きていけばいいのだろうか。
それが分からなくて…。なら今ここでピリオドを打ってもいいんじゃないか?そう思って、粉々に潰した睡眠薬をウイスキーと一緒に飲んだ。…自殺しようと思った。


余命宣告を受けた瞬間に、彼は一歩も前に進めなくなった。
なのに、彼は行動を起こす。
たまたま読んだ新聞に“命の授業”について触れたコラムがあった。彼はそれに興味を持って、すぐさま腰を上げた。。

宣告を受けた半年後には、自らあらゆる小中高校を回って、子供や親達に命の大切さを訴える講演を行い出した。自分の全てをさらけ出して、全ての想いと訴えを投げつけたのだ。
それはもう、ドラマや思想家の訴える綺麗事なんかではなくて…。
リアルに生と死を感じられる講演だった。

…もっとも私は、そのドキュメントを紹介するあるテレビ番組を見ただけに過ぎないけれど。それでもボロボロに泣いたんだけどね。。


ブラウン管越しであることが悔やまれるくらいに
強く生きる人の姿を、私は見た。
何故あんなにも強く生きられるのだろう、という疑問が浮かんだ。

確かに言える。
私には分からない。あの強さが。


分からないけど… 確かに感動した。
彼の強い生命と、自らの命を懸けた言葉の数々に、私は途轍もなく、途方もなく、遠慮も建前もなく、ただひたすら感動した。
そして、彼という存在に感謝をした。彼を今もこの世界に生かしてくれて、彼を知らない私にさえ、こうしてテレビを通じてでもいいから彼の生き方を知らせてくれた…運命にも似た“何か”に―――感謝をした。


ただいまー!帰って来ましたよーん!

土日の天気はすっかり雨空でしたねぇ。。そのせいで、2日目に御殿場でカートやろうっていう計画がオジャンになっちゃいました…。
カートって言っても、遊園地のゴーカートのようなしょぼいやつじゃなくって、全国大会とかもある本物のやつねー。御殿場にコースがあるんですよ。聞けばF1のコースもあるらしい。カート系は父親が大好きだからね…。若い頃自分のカート持ってたくらいだから。ウケる。
私達娘息子は、ぶっちゃけやってもやらなくてもどっちでも良さげなノリだったんだけど、、そういうわけで父親が燃えちゃってたからな…。まぁードンマイ?(´∀`)


その代わりに、昨夜はボーリングをやりました!
あとビリヤードを始めてやったよー。もうね、手玉をうまくキューで打つのすら難しいんだけどwww カスッ、って何度も手玉をかすった。下手くそ過ぎて笑えた。
その点、さすが男…弟はなんだかんだいってボーリングもビリヤードも、うまいってかサマになってるんだよねぇ。いいなぁ男って…。

私のボーリングの場合、こう…投げるフォームと投球スピードがサマになるようにって意識しようとするから、コースが狂ってガーター一直線になっちゃうんだよね。。母親なんて、球のスピードは10キロいかないけど狙いが正確だからすっごい倒すのさ…。
っひゅぅぅーー。ボーリングむずかしす。。(´3`)


今回の旅行でお土産も相当買いました。…自腹切ったの、バイト先へのお土産だけですけど。。
うちのバイト先は、お土産を買ってきて「ご自由にどうぞ!」ってメモ書きをしてスタッフルームに置いてくれる人が結構多いんですよねー。皆がそうやって買ってきてくれるから、じゃあ自分も買っていこうかなーっていう感じになる。
そういう環境って良いよね!うちのバイト、フレンドリーなんだー。(ーwー)


ふうーっ。。
そんな感じで、家族旅行もなかなかオツなもんだったぞー。
どーもお疲れさまです。

…そして私は、2日後にまた旅立つことになるわけだがwww(笑)



#私信

明日バイト入っちゃってたから… 渋谷だったら4時、横浜だったら4時半には出ないといけなくなっちゃいました。><;
ってかまぁ5時過ぎに川崎に着ければいい感じ。バイト5時半からだから。
でもってお土産買ったよー。お菓子だからお楽しみに。(=´∀`=)


今夜は、イタリアンの高級フルコースを食べましたよぅ~!(゜∀゜)
家族旅行にはこういった特典があるから良いよね。なんつって。笑

さすがにどれも美味しいと感じるんだよねぇ。この舌も大人になったんだろうかなぁ。
メニューを一応乗せてみます。

・小さな前菜の盛り合わせ
・自家製スモークサーモン ペコリーノとルッコラをそら豆のピューレで
・蛍烏賊とグリーンアスパラのリングィーネ ライム風味
・南瓜のポタージュ
・鮮魚のポワレ 忍野の豆乳を使ったソースで
・お口休めのグラニータ
・甲州牛フィレ肉のグリル 山梨産コシヒカリのリゾット添え 地元ドライ茸のソースで
・パティシエ特製デザート

こんな感じでしたっ。超満腹。
フルコース料理はゆっくり時間をかけて食べることになるから、相手とコミュニケーションもとれていいですねー。毎料理真っ先に食べ終える弟(来月から高2)も、大人しく着席して会話に入ってたし。笑
ごちそうさまでーす。(ーwー)



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