FC2ブログ
ADMIN TITLE LIST
よく聞く言葉だし、私自身もそうだろうと思うんだけども…
これについて、目からウロコの見解をひとつ。


こんな実験を行う。

【都市】、【郊外】、【田舎】の3地域別において、道行く人へ不意に援助行動を求めてみる。援助行動。具体的には…例えば、「お金を両替して貰えませんか?」とか「募金をお願いします」とかそういう感じのこと。

あらゆる援助行動を求めた実験の結果、応じてくれた人の数はまぁ予想がつくかと思いますが、、【都市】<【郊外】<【田舎】となったとしよう。
だが…
ある援助行動においては、3地域とも同じくらいの人が応えてくれたという。

それというのも。
道に落ちていた封筒を拾い、あるいは届ける―― という動作。
言い換えれば、人間を介さない援助行動である。



この結果から分かることがある。
都会人は、“人”と関わることを避けるのだ。

人と人が関わるということは、お互いに少なからず情報を手に入れ合う、ということだとする。つまり、人との関わり合いというものは常に情報の遣り取りである、と脳が認識しているのだ。
そうだとすれば。
都会生活では、街を歩けば否応にも膨大な情報が飛び込んで来る。新聞、テレビ、雑誌、看板、チラシなどと…それは止め処なく。こちらが望んでもいないのに、私達の周りには常に情報が満ち溢れている。

つまり都会人は、個人の情報容量が常にFULLに近い状態なのだと。
そしてその状態は、人の脳を、心を、疲れさせる。
だから、これ以上情報を自身に取り入れることを拒み、それゆえに人と関わることを避けたがるのだ。

都会人が冷たいのではなく。
都会に溢れる情報量が、人の冷たい反応を生み出しているのだ。



―――という社会学的な見解。

うん。
やっぱ社会学とって正解だったかも。
心理学に似た、「なるほど…」っていう納得感が得られる。(・w・)
スポンサーサイト

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体



















管理者にだけ表示を許可する



| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2019 Mr.Dreamer, All rights reserved.